3)DNAマイクロアレイを用いた糖鎖発現調節遺伝子の探索及び糖鎖の機能解析
遺伝学的に「制御」を「量的に」捉える
CIRES法による定量的表現型ー遺伝型相関解析
表現型-遺伝型解析は遺伝学の中核をなす遺伝解析法であり、細胞をブラックボックスとして捉え、遺伝子に変異を入れ、最終的にある性質の変化(表現型)をもたらす遺伝子(変異)を探す手法である。この手法と、人為的に遺伝子に変異を導入し、表現型に対する影響を見るReverse geneticsを組み合わせることで、遺伝子の機能が解析されることが多い。しかしながら、ここで得られる情報は定性的、つまり表現型発現に必要かどうかという2階調のデジタル情報に近い解釈がなされ、そこに表現型の量的な制御の視点はない。現実の細胞が置かれている状況を考えると、細胞は遺伝子群の量的な発現制御により、発現する表現型を量的にコントロールしているため、上述のとらえ方にはパラドックスが生じる(図5遺伝子発現による表現型発現)。我々は、「遺伝型」の新たな解釈として、「トランスクリプトームによる遺伝子発現量」を適用することで、表現型の量的発現との関連を明らかにしていくという、これまでにない新たな研究を指向している。
我々は先行研究として、DNAマイクロアレイ解析から得られた多細胞間での遺伝子発現プロファイルと、同じ多細胞間でみられる細胞表現型の差違を相関解析することで、量的な表現型の発現を担う遺伝子を同定する方法、Correlation index-based responsible enzyme gene screening (CIRES)法を考案した。本法では、表現型、遺伝型ともに、量的変化をするものと捉え、両者の関係から表現型制御を担う遺伝子を同定する(図6 CIRES法)。我々はCIRES法を細胞の示す様々な性質に適用し、「遺伝学研究に量的な解析を導入する」というパラダイムシフトを達成を目指している。
(図7 生合成経路分岐)
現在、細胞の示す量的な表現型として、生合成経路全体において多岐な分岐を示すスフィンゴ糖脂質の生合成経路、特に生化学的には共通な基質が細胞内の生合成経路分岐点でいかに利用し分けられるかという、生化学における課題に注目している(図7 生合成経路分岐)。生合成経路分岐点での制御機構に関しては、系統的な解析方法もなく、その研究法の開発は重要な課題である。スフィンゴ糖脂質は細胞の分化・活性化段階などで実際にその発現が制御されていること、細胞内シグナル伝達に関わることから、細胞レベルでの機能解析も重視している。そこで、我々は免疫応答制御等の実質的な進展にも寄与し得るB細胞の活性化制御を鍵として、スフィンゴ糖脂質の発現制御の免疫学的意義の究明を行っている。
さらに詳しくは以下の日本語版総説に紹介されています。
竹松 弘、小堤 保則
相関解析法を組み込んだ新しいDNAマイクロアレイデータ解析法CIRES
—糖鎖生合成系を例にとって
タンパク質核酸酵素 54 (15), 1972-79 (2009) 共立出版
竹松 弘、 小堤 保則、 鈴木 明身
糖鎖をさわらずに糖鎖研究ができる時代がやってくる?—糖・脂質関連遺伝子DNAマイクロアレイは分子生物学者の糖鎖研究ツールになるか?—
糖質科学の新展開 谷口直之、伊藤幸成 編(2005)、NTS