1)スフィンゴ脂質が関与するシグナル伝達機構に関する研究
細胞膜は様々な成分により構成されていますが、その一つにスフィンゴ脂質と呼ばれる脂質があります。この脂質は他の膜成分であるグリセロリン脂質と比べるとその機能はほとんど明らかにされていません。ここ数年、スフィンゴ脂質の生理的意義に関する議論が展開され、その重要性が徐々に明らかになりつつあります。そこで我が研究室ではいくつかのスフィンゴ脂質に関する試薬を中心に研究を進めています。
免疫抑制剤ISP-1とその耐性遺伝子Ypk1
冬虫夏草
近年、様々な免疫抑制剤の登場が臓器移植や自己免疫疾患などの治療に大きな貢献をもたらしてきました。しかし、これらの免疫抑制剤は同時に、重篤な腎障害などの副作用を引き起こす事が知られているため、今ではこれまでとは異なった作用機序を有する免疫抑制剤の開発が望まれています。この様な背景の中、冬虫夏草の一種であるタイワンツクツクホウシを宿主とするIsalia sinclairii菌から強い免疫抑制活性を持つ物質が単離され、ISP-1 (immunosupressant product-1)と名付けられました。構造解析から、ISP-1は従来より抗菌活性物質として知られているmyriocin, thermozymocidinと同一のものでしたが、免疫抑制作用としては初めての知見でした。また、その構造はスフィンゴ脂質に類似しており、構造上類似点の乏しい他の免疫抑制剤とは異なる作用機序が予想されました。そこで、ISP-1による免疫抑制作用の解析を続けたところ、スフィンゴ脂質の生合成阻害によるスフィンゴ脂質の減少が非常に重要な役割を持つことが明らかにされました。
このISP-1をリード化合物として、これまでにないタイプの免疫抑制剤であるFTY720(フィンゴリモド)が開発されました。FTY720は2010年に自己免疫疾患の一つである多発性硬化症の世界初の経口薬として米国及びロシアにおいて承認されています。
これまでに我が研究室では、酵母においてISP-1耐性遺伝子のひとつとしてYPK1を単離し、Ypk1がスフィンゴ脂質を介するシグナル伝達系の下流に存在している事を明らかにしました。Ypk1はISP-1耐性のみならず、細胞増殖、エンドサイトーシス、アクチン形成を正に制御していることが知られていますが、これらの制御機構の詳細は明らかになっていません。私たちはこれらのシグナル伝達系を明らかにすべく解析を行っています。
また、我が研究室ではYpk1が栄養源の一つである窒素源の飢餓時に、オートファジー及びエンドサイトーシスの二つの経路によって液胞へと輸送されて選択的に分解されることを明らかにしました。私たちが発見したこの経路はこれまで知られていない新規の経路であり、これに関してもその詳細を明らかにしようとしています。
一本足のスフィンゴ脂質は「飛び道具」となる?
リゾ型スフィンゴ脂質による細胞質分裂
(図5 リゾスフィンゴ脂質)
(図6 サイコシン処理多核細胞、縦軸:細胞数 横軸:DNA量)
脂肪鎖を1本のみもつリゾ型スフィンゴ脂質は、2本の脂肪鎖をもつ通常のスフィンゴ脂質とは異なる物性を膜に与えるだけでなく、これら自身が様々な生理活性をもつ(図5 リゾスフィンゴ脂質)。我々はこれまでの研究から、リゾ型の生体内糖脂質であるサイコシンは細胞周期のうち細胞質分裂を特異的に阻害することで、細胞の多核化、巨大化を誘導することを解明してきた(図6 サイコシン処理多核細胞)。また、サイコシン処理した細胞はトランスゴルジネットワーク様の細胞内小胞の再分布を促進することを示した。しかしながら、細胞分裂の最終段階である細胞質分裂のみを阻害するが、細胞周期のアレストを起こさないという非常に興味深いサイコシンの標的作用機序に関しては、いまだ謎な面が多い。そこで、我々はサイコシン標的因子、さらには、サイコシン以外のリゾスフィンゴ脂質の作用機序を解明するべく研究を進めている。
さらに詳しくは以下の日本語版総説に紹介されています。
竹松 弘,小堤保則
スフィンゴ脂質が関わる免疫抑制とシグナル伝達
化学と生物 49 (05), in press (2011) 日本農芸化学会